2013年9月21日〜22日 涸沢

日(曜) 2013年8月21日(土)
行き先 奥穂高岳(保留)
天候 晴れ
メンバー 単独行
コース 到着時刻ー出発時刻 所要時間
あかんだな駐車場  5時00分
上高地  5時40分
明神  6時20分ー 6時25分  40分
徳沢園  7時 5分ー 7時10分  40分
横尾  7時55分ー 8時00分  45分
本谷橋  8時55分ー 9時00分  55分
涸沢(標識) 11時00分ー11時10分 120分
涸沢ヒュッテ 11時30分  20分
合計 320分(5時間20分)

日(曜) 2013年9月22日(日)
行き先 上高地
天候 晴れ
メンバー 単独行
コース 到着時刻ー出発時刻 所要時間
涸沢ヒュッテ  5時55分
本谷橋  6時55分−スルー  60分
横尾  7時40分ースルー  25分
徳澤園  8時40分ー 9時00分  60分
明神  9時55分ースルー  55分
上高地 10時35分  40分
合計 240分( 4時間00分)



map-karasawa.jpg(350000 byte)

 1年前から準備をしている奥穂高岳登頂の日であった。あかんだな駐車場に到着したのが4時半ごろ、バスは5時20分発 であった。しかし、何百台も停めることができる駐車場が満杯であった。ぐるぐる回って空いているところに停める。こういう ときは臨時バスが出るはずだと5時少し前にバスターミナル向かう。やはり臨時バスが5時に出た。これで20分儲かる。

 上高地バスターミナルは大混雑であった。トイレに行列が出来ておりパスする。登山届を投函し、日焼けクリームを塗って出発する。

 河童橋は比較的空いていたので、座って撮影した。少し肌寒い。

 梓川沿いを歩く。あまり早く歩くと最後にへばるのでゆっくり目で歩く。早い人が多い。しかし、人が多いなあ。

 明神、徳沢と順調に通過し、分岐点の横尾に到着した。槍ケ岳はここを直進しなければならないが、今回は涸沢方面なので 横尾大橋を渡ることになる。

 横尾大橋で撮影する。大きな吊り橋であり、揺れなかった。

 次のポイントは本谷橋で約1時間である。途中大きな岩が現れた。屏風のような岩である。

 本谷橋に到着した。ここまでは、登山道とは思えないような、なだらかな道であった。

 本谷橋を渡る。揺れるわ、揺れる。こういうときは「♪揺れ〜る想い、体中感じて〜」と口ずさんでしまう。

 渡り切って振り返って撮影する。河原でも大勢の人が休憩していた。ここの水は飲めないようだ。

 ここからが本格的な登山道で、いきなり急登である。何人もの人々に抜かれる。「狭い登山道そんなに急いで何処へ行く!」

休憩で山を撮影する。  

 距離的には短いが、かなり足に負担がある。ほぼ一カ月ぶりの登山だからであろうか?
 そんなとき、前方に「吹き流し」が見える。あれは、涸沢ヒュッテの目印である。とたんに、元気になる。

 ポイントである涸沢の分岐点である。計画では、ここで13時を過ぎていたら登頂断念。遅くとも13時に出発と見ていた。 まだ11時である。

 ヒュッテ経由も小屋経由もあまり時間が変わらないと何かで読んでおり、昼時なので、ヒュッテのおでんを食べないわけには 行かず、ヒュッテに向かう。石畳が整備されていた。

 昼食である。おでんとリュックに入っていた1カ月前に買った菓子パンを恐る恐る口に運ぶ。大丈夫であった。 まだ、12時前である。目の前にサイデングラートが見え、奥穂高山荘が目視で見える。 マップタイムで2時間半ほどなので、3〜4時間掛かっても問題ない。

 しかし、腹も膨れ、疲れも取れたにもかかわらず、強烈な脱力感に襲われる。これはいったいどうしたことか!  とにかく、体は登るなというメッセージを告げている。体調は万全でいままではマップタイムより早い。怪我もない。
 山をやるようになって、自分の感性が磨かれたと思う。いつもならこういう予感のようなことは気にしないようにして来た。 しかし、このころはメッセージを考える様になった。直ぐには自分でも分からなかった。

 この体からのメッセージを、夏目漱石流に解釈するとこうなる。

 山に登りて考えた。今年から百名山全座登頂に向かっているが、これは何事も目標があった方がいいだろうということと 皆がいい山だという山は知っておきたいということが動機になっている。最近、地元の新聞でも百名山達成という写真が出る ことがあるが、北海道だったり、南の方だったりとあまりインパクトが感じられない。自分の場合は、100座目は、威厳が あり達成感が十分感じられる山にしたい。歳を重ねるに従いイベントなどが少ない中で、「祝!ぜんちさん、百名山達成 ○○○岳 20××年××月××日」と書いた横断幕に、家族や知人達を招待してお祝いもできたらと考えていた。本来であれば 地元の山がいいのだろうが、剱岳も薬師岳も登頂済みで他の山はアプローチが長すぎて最後を飾る山としてはふさわしくは無い。 どの山がいいだろうかと考えていたことを思い出した。目の前にある穂高岳こそが最も相応しいと思う。この山を100座目に しよう。その時になって今回と同じペースで来れる様にトレーニングを続けよう。

 やばい、やばい、危うく登頂してしまうところだった。    

 しかし、まだ12時前である。後から到着した人が昼食後奥穂高か北穂高に向かって出発して行く。見ていると、パノラマコース 経由ではなく、涸沢小屋の前から向かっている。「う〜ん!」13時に出発しても間に合う。私は迷いを断ち切るために、ヒュッテ で宿泊手続きをした。12時前の宿泊手続きは珍しいのか、少し驚かれていたようだが、これで登頂は無しになった。

 心行くまで初秋の涸沢を満喫しようと腹をくくったのであった。

 まず、売店のおでんのメニューを撮る。温かいのはいいねえ。  

 このヒュッテは太陽光発電を取り入れている。  

 6畳間に10人らしい。頭と足を交互にしながらの睡眠である。一組の布団に2人が寝るのである。 そのため、枕が上下と並んでいた。

 屋上は、休憩場になっている。沢山の人がくつろいでいる。  

 売店も盛況である。ビールを頼んでいる人が多かった。自分は山でアルコールは受け付けない。

 15時を過ぎるころから続々登山客が到着する。

 靴を脱いで休憩する場所もある。いい景色、心地よい風を受けていい気持ちだ。

 売店の横にあった看板である。せっかくだから撮っておこう。

 涸沢といえばテントだろう。色とりどりのテントが見事だ。知っている人がいないかテント場へ行く。  

 写真では知っていたが岩だらけである。このようにベニア板を敷かないと寝れないだろうなあ。

 ナナカマドの実が色づいていたので撮る。  

 北穂高岳である。  

 奥穂高岳である。

 涸沢岳の近くに槍ヶ岳に似たトンガリ山がある。去年の槍ヶ岳登山が思い出される。  

 雪渓である。この時期でも消えないのか!

 夕飯である。人が多いため待ち時間が長くくたびれた。2杯お代わりした。

 何もすることがないので、屋上に登り「ボケ〜ッ」としていた。向かいの涸沢小屋とテント場である。

 前穂高岳である。

 朝食である。6時には出発したかったので、早めに食べる。  

 早朝の奥穂高山荘付近である。月が見えているのが印象的であった。

 反対側に朝焼けが見えたので撮る。  

 皆さんが屋上に登りそれぞれ写真を撮っている。  

 太陽の日の光を受けた穂高連邦である。ダイナミックスである。  

 涸沢ヒュッテを後にする。  

 本谷橋までは、寒いこともあり一生懸命に歩きトレーニング代わりとした。それからは、クールダウンである。 梓川沿いをゆっくり歩いて植物や花などを見ながら行こうと考えた。

 秋です。きのこが沢山成っている。

 面白い形をしている。

 ちょっと、ねえ。

 徳澤園に着いた。小腹が空いたので、モーニングを食べることにする。初体験である。

 値段を考えなければなかなかいい。久しぶりに時間がゆっくり過ぎて行く感じが得られた。  

 食べられないだろうな。

 「マムシグサ」である。若い女性8名ほどの団体さんに解説してあげたら喜んでもらえた。  

 「サルノコシカケ」  

 きのこであろう。が茶色であった。  

 食べられそうだ。しかし、撮影のみ。  

 実の皮が沢山落ちている。猿の食べ後かと思い実を探し見つけた。

 最初、ヤマボウシの実かと思ったが自信なし。カップルがアケビと言っていたので 解説をしてあげたら、明神まで楽しく若い奥さんの方と会話をしながら歩いた。

 この中の実を食べているようだ。

「ヤマホタルブクロ」

 白いきのこ。

 木の幹にキノコが群生している。  

 アミタケではないだろうな。

 もう河童橋まで来てしまった。  

 河童橋から梓川を眺めながらソフトクリームを食べているところである。旨い!    

 駐車場はさらにすごいことになっており、臨時駐車場まで満杯である。  

 登山の後は、ラーメンであったが、職場検診の数値が良くなかったので自粛中である。

 今回もカレーウドンである。

 何といっても百名山の100座目を決めることができたのが最高の成果である。まだ20座にも満たないが、  あちこちやたら無計画に登っていても面白くない。計画表に100座目に「穂高岳」と薄く記入した。(予約済みである)
 



トレッキング&街歩きへ戻る inserted by FC2 system